遠い記憶の中に生きる生物
亀
亀は万年。
100世紀。
私が一生懸命長生きして、100年。それが100回!どんなに長生きすれば私は亀になれるのか?
そもそも亀になりたいのか?
いいや、私は人間で良い。
しかし、万年生きれずとも、少し長生きしてみたい。
鶴は千年。
10世紀。
私が一生懸命長生きして、100年。それが10回!どんなに長生きすれば私は鶴になれるのか?
そもそも鶴にはなりたいのか?
いいや、私は人間で良い。
しかし、千年生きれずとも、少し長生きしてみたい。
いま私、30代。
30年。
私が一生懸命生きてきたつもりの、30年。それはたったの1回!
そもそも私はどんな自分になりたいのか?
長く生きると言う事。
生き続けると言う事は、未来がどんどん短くなると言う事。
人間は最大100年生きるとして、私は残り70年。これが亀なら・・・
9970年。膨大な時間。
私が50歳を超えたとき、未来に対して記憶の方が大きくなってくる。
一万年生きると言う事は過酷だ。
私には30年の記憶だけでもだいぶ大変な事でした。
未来70年。どんな事があるのかも解らない。
もし亀なら、未来9970年。未来が長すぎて、過酷だ。
1000年生きた時点で、その記憶は1000年分。その先9000年。
過去も、未来も長すぎる。
重すぎる過去に、先の見えない未来。
100年でも過酷な人生。
千年、万年。生き続ける事は過酷だ。
重すぎる過去に、先の見えない未来。
100年でも過酷な人生。
千年、万年。生き続ける事は過酷だ。
長寿の象徴として、
彼らはいるわけではない。
長く生きる事が必ずしも重要ではないと言うメッセージなのであろう。
短い人生であったとしても、太く生きる重要性を彼らは伝えてくれているのだろう。
鶴は80年、亀は180年が最大値らしい。
驚くべき長寿という衣を着た彼らは、世間に知られた命よりも短命な自らを嘆き死んでいくのだろうか。
短い人生であったとしても、太く生きる重要性を彼らは伝えてくれているのだろう。
鶴は80年、亀は180年が最大値らしい。
驚くべき長寿という衣を着た彼らは、世間に知られた命よりも短命な自らを嘆き死んでいくのだろうか。
言葉の中に秘められた本当の悲しみ。
あなたには届きましたか?
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